月読
綺麗な花
両腕を広げたその身体は十字架になった
まるで世界中の罪を受け入れるかのように
微笑むように笑ったあなたの眼差しは
はるか
あの空を見つめて
ここにいる
私を見つめない
坂道に寄りかかって潰れたままの古い車
窓は割れて シートは破れて 乗ることはできない
あなたの笑顔はそんな風景に似ているよ
それは
とても親しみやすいけど
淋しくて
いつまでも見つめていられない
綺麗な花を摘み取って あなたにあげる
きっとすぐに枯れてしまうけれど
それでも この陽射しと 風の匂い
耳を切る波音の中で 憶えていてくれたらいいね
恋をすることはもう無いと呟いてみても
愛することはきっと辞められない
綺麗な花は やがて枯れ散って 消えてしまうけど
サヨナラという一言だけは告げられないまま
私の心に 鮮やかに咲きつづける花がある
そっと
そっと
いろんな鳥の羽根を一枚ずつ集めて
自分だけの翼をつくって 空へと飛び立つ
羽根はやさしく破れて 私は崖から墜落する
そんな
とても悲しい夢を見たよ
あなたの
指に偶然 触れたと感じた朝
綺麗な森を駆け抜ける つがいのカモシカたち
たぶん彼らに大した意志はなくて
今ここで世界が突然おわったとしても きっと
平然とした顔で飲み水を捜しているだろう
私はあなたを必死になって捜している
世界が終わるその一瞬のためだけに
たった最後の 一瞬を あなたと迎えるために
サヨナラという くるべきはずのシナリオを閉じ込めたまま
私の心の奥深く 摘み取ることの出来ない花がある
どうしようもなく 綺麗な花
あなたのことだけを心に想って
一日のほとんどを費やして
眠る時間さえも削り取りながら
それでもあなたに届かない現実を愛と呼ぶこと
でもそれは
望んだことなのか
でもそれは
本当に望んだことなのか
問いかけつづける私がいる
あなたに気づいてほしい私がいる
あなたを想うことでしか 私は自分を確かめられない
まるで二酸化炭素を吸い込んだ 石灰水のように
それでも
この綺麗な花を摘み取って あなたにあげる
あなたに
(きっとすぐに枯れてしまうけれど)
やがて 世界が終わる最後の一瞬になったら
あなたは私の横を平然とすり抜けて行くだろう
引き留めることもできない臆病な私を残したまま
化石になってゆく私を残したまま
それがあなたにとっての真実なのだから
あなたはあなたの還るべき場所に行くだけ
それでもかまわない
私にとっての真実とは
サヨナラを告げられないで過ごしている この現実と
ひたすら見つめ合ったまま生きて行くという
痛みの中にある
絶え間なく揺れ動いている街並みに
私は私自身を見つけられないまま
ずっと捜し続けている
絶え間なく揺れ動いているこの世界で
私は私自身を見つけられないまま
ずっと捜し続けている
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